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ウィーン派≒幻想レアリスム

オーストリアでの日々はドイツとオーストリアの負ってきた歴史、宗教観、美意識
アイデンティティーの決定的な違いを知ることになった。
何を知り、どう理解し、其れを見つめるかは自分次第。

現在は現在だけで成り立っているのでは無い。
ましてはヨーロッパは2つの世界大戦前後、中性までも遡って見つめなければ全てを感じれない。

芸術においての、オーストリアの美意識と無意識における内的パッションの強さを知った。
厳格なカトリック、ハプスブルク家の栄光と退廃、ドイツ、イタリアからの圧迫・・・。

かつて不滅であった、オーストリア帝国とドナウ君主政体の誇りを持つ共和国。
政治及び文化の中心地であったウィーンの文化的遺産が国土に深く浸透している。
そして数百年に渡る伝統もまだ息づいている。

ドイツ、オーストリアを旅しながら、オーストリア幻想絵画にたくさん出会った。

黙示録的な壮大なヴィジョンと精密さがギュんっと胸を突く・・・
精神的な緊張感と衝撃力、沈鬱な幻想世界を目に生きている意味を考えさせられるのである。

私が一番好きなArikBrauer(Click)
ErunstFuchs(Click)もいい。。。

「ウィーン幻想レアリスム」は第2次世界大戦後、突如としてあらわれた。
其れはこの画家達が青春時代に過ごした世界大戦末期の体験が多いに
影響を与えているであろうと言われている。

美術評論家。坂崎乙朗氏の言葉をココで、、、
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第2次世界大戦末期のウィーン、彼らの体験とは爆撃という地獄であり、非人間的な殺しと逃亡であり、
同時にヒトラーの暴力からの突然の解放であった(中略)

心に傷を受けた世代である彼らは壮麗な内的ヴィジョンを抱き、克明な観察を内部へと移してゆく。
最初の意識体験は恐るべき圧迫感で彼らを包み込み、遊技場は廃墟に代わり、戦争の政治の不安が
コドモ心を翻弄した・・・(中略)

コドモらしさや楽しみに溺れる余裕はなかった。しかも完璧であるということは技術ばかりか、
彼らの運命をも支配し、このため問題は常に自らの殻にこもりがちな状況を、
凍てついたガラスの様な非常さを、マニエリスム風な巧みさを、
形態の冷たい凝固を破ることだったのである。
言いかえれば「不安な時代」に打ち克つ事が彼らの使命だったのであった。(中略)

『幻想レアリスム』の画家達は公認された時代風潮には反撥的であった。
反時代を貫く事によって時代を越えている。だから節度に対してはファンタジーを、、、
際立ったモノに対してはかくされたモノを、、、平凡な合理主義に対しては象徴を、、、
集団に対しては自立した個性を、、、単純には錯綜を、、、
計算には自由な魂の遊びを追求するのである。
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そしては、、、
ウィーンの美術史美術館(Click)のコレクション群
ベルギーの画家ブリューゲルのコレクション数は世界最大数を誇っている。
そして、ボッシュ、アルチンボルド、シュプランガ‐、パルミジャニーノ・・・。
ウィーンの芸術の場には古くから幻想味が漂っていたのである。
クリムト様しかり、、、

オーストリアの美意識と精神性は絵画だけではない。
現代における写真や映画にも其の影響が見られる、、、

あぁぁぁぁぁぁぁなんてロマンチックなんだろう。。。

知れば知る程深みにハマる、、、

色んな国の美術館やギャラリーを訪れる度に、世界の巨大マーケットで持て囃され、蔓延り、
浸透させられているアートとは何であろうかと思わされる。

ココでまた坂崎乙朗氏の言葉をお借りして、、、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ポップアートからキネティック・アートからミニマル・アートへ、
ミニマル・アートからコンセプチュアル・アートへと、、、
現代芸術はまるで情報社会と都市文明と状況の三位一体に操られながら、
目まぐるしく移り過ぎてきたのである。
芸術が新奇なモノを追い求める。何も不思議なことではない。
もし、芸術が時代と歩調を合わせて進み、現代の唯一の神は科学なのだから、
芸術が科学に適合しようと努力して歴史の進歩を信頼できるならば。
ところが誰もが熟知しているように、芸術はすでに文化の第一線を退いて久しく、
もはや社会的な発言力も有していないのである。
芸術はせいぜい、見る者に息抜きを与える役割か、スキャンダラスな行為か、
時流への迎合しか果てしていないともいえよう・・・。

芸術の「騒音とアトム化」は世界的な現象なのである。

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其々の国、其々の価値観、其々の社会、其々の宗教観、其々の伝統
其処から生まれる美意識と表現への精神性・・・

私はベルギー、ドイツ、オーストリアの其れがすこぶる好きである。

もっともっと深く深く震撼させて欲しい。。。

世界を、、、芸術を観る目を、、、精神性を高めさせて欲しい

芸術に何を求めようか・・・



ウィーン幻想派(Click)の画家達が紹介されてます
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vegiban

Author:vegiban
1984年7月14日
フランス革命の日に大阪で生まれた
チャキチャキの食いしん坊!!!

パンとりんごとおいしい野菜が好き
でもでも、もっともっとおいしいを求めて、、、
アタイはガストロミーんの旅人になる

おいしい食卓を囲む事。。。
素敵な人に会いに行く事。。。

ココロが小さくならない様に。。。
人に優しくでける様に。。。

想像力がひろがる様に。。。

ミテ サワッテ カオッテ 
ソザイ ノ ハーモニーヲアジワッテ 
オイシイ カンドウ ノ コエ ヲ キイテ

ココロを豊かに育ててあげたい。。。

只今,ドイツ放浪中。。。

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