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ゴーギャン×旅

ゴーガン パリ・ブルターニュ(Click)

あたいはゴーギャンが嫌いでした。

何故ならゴッホが大好きだからです。
あと、ベタ塗りも好みではないからです。
だけどもタヒチに渡るまでの絵の中に時折好きなモノがありました。

旅してきた人生に共感を得る部分もありました。
彼の原点を追いかける旅をみて、彼に対する見方が少し変わりました。
私もまた旅を終えて見解力と感じ方が変わっていたのでしょう・・・。

彼の人生を少し近い距離で感じれてドキドキしました。

絵をずっとやっていたあたいのおかんはゴーギャンが大好きで憧れていました。
あたいが十代の頃、月と6ペンスを読めと言われたことがあります。

その時はゴッホを裏切った奴という先入観と野蛮なベタ塗りの絵のヒトという思いが邪魔して、
彼をちゃんと見つめれなかったけれど・・・。

数年前、旅を初めてから読んでハッとしたのを覚えています。
経験と共に見える世界が感じる力が変わってゆくのです。

やっぱり私はヨーロッパの光や田園風景、繊細なタッチで描かれるニンゲンと風景が好きなので、
彼の晩年の絵は好きになれないけれど・・・。

自分の理想の世界を、自分自身を追い求めた彼の人生が好きになりました。

旅人は旅に何を求めているのか・・・

耐えきれない孤独、故に愛を求めているのか・・・
存在の不安、故に定住を恐れているのか・・・
絶望から抜け出したいと希望を夢みるのか・・・

旅はいつも夢心地の夢物語ではない。

ゴーギャンが旅に出る前に残した言葉↓
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私はひとりになるため、そして文明の影響から逃れるために出発するのです。
私が創造したいのはシンプルな芸術です。とてもシンプルな芸術・・・
そのために私は無垢の自然のなかで自分を鍛え直さなければならない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だけれども、、、
楽園を求めタヒチに渡ったゴーギャンは其処で絶望をみた
貧困と病気という難に屈し、愛する者も希望も失った。

夢への代償・・・を知る

ゴーギャンが死を決意してから、描いた大作
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」を
ボストンでみたことがある。是には流石に身震いがした。

a1eb3ce4.jpeg


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、死を前にしての全精力を傾け、ひどい悪条件に苦しみながら、

情熱をしぼってこれを描いた。

そのうえ訂正の必要がないくらいヴィジョンがはっきりしていたので、

早描きのあとは消え、絵に生命が漲ったのだ。

これには、モデルだの、技術だの、規則だのと言ったものの匂いはない。

このようなものから、私は、いつも自分を解き放ってきた。

ただし、時には不安を覚えながらね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あたいはいつも、想いを貫く強さを、、、
芸術家の人生観から得て歩き続けている。。。

ドキドキし続けたいのです。感動する心を育ててゆきたいのです。
自分の理想を追い求めることは、其処から逃げるということではない。
そして簡単なことではない、、、

なんだか、イマこの時にゴーギャンと向き合うことになったんも
なんか意味があったのかなと思っている今日。

19世紀においてはココロを耕すこと、それが教養『culture』とよばれていた

ものの見方、感じ方、考え方、文化をイメージしたり理解したりする方法を探る道。。。


見つめるコト、感じるコト、考えるコト

あたいはただただ、其れをするのをやめたくないのです。

いつの時代でも、、、
変わらぬ大切なコト

キオクと共に学び、豊かなココロを育みたい

涙で流れても、また想い続けたい、、、

いつか誰かに届くこと願って。。。






ワインとチョコとArbois

今、思い返してみても、、、
やっぱり何だか夢を見ていた様なのです。。。

あたいどうしてArboisに呼ばれたんだろう・・・
フランスに行くことになるなんて、全くもって予想もしていなかった。

きっかけは雑誌の取材でもあったのだけど・・・

オーストリアの雪山で働いていた私。
オーナーに無理を言って休みをもらい、ばびゅーんっといつもの様に
突撃旅の準備を整えた。

其処へ行く為のチケットを購入してしまえば、もう行くしかなくなる!!!
頭をフランスはジュラ地方への妄想で固めて。。。

旅へのきっかけをつくるのも、旅へ行かせる様に仕向けるもの
結局は自分次第なのである。

そして、知り合いもいない、今まで聞いたことも無かったフランスの田舎街へと走った。

旅をしていると、出逢うことの意味を考えさせられる瞬間に幾度も遭遇する。

其処に行くことも、其の人に出会う事も、いつとなく決まっていて
引き寄せられる様に結びつくのだ。

途中で引き起こるハプニングで生じたズレにまた組み込まれてくる出逢い。

旅しながら、運命のパズルを繋げ広げてゆく感が楽しくなってきたこの頃。

Arbois(アルボア)では、もの凄くいい出会いがあって、CouchSurfingでみつけた
ホスト君が100年以上続く老舗ショコラティエHirsinger(Click)のオーナーと仲良しで工房を覗かせてもらい、
できたてホヤホヤのチョコやお菓子をたらふく食べさせてもらうことができた。
ピュアっと薫るアロマティックな宝石達を感じながら、この地を想ったのです。

この地だからこそ生まれるセンスと味、季節毎に地元で採れる旬のモノでフレーバーをつくるの。
絶妙フレーバーミックスの数々に口の中はパラダイスだった。。。

そして、フランス、世界に名だたるアルボアワインの生産者達にも会いに行くことができた。

小さな小さな村の様な街だけれども、其処に生きてる人達の生活観を見つめながら
フランスの古き良き、有機的な暮らし方を想った。

Arboisにある小さなビストロカフェBistrot des Clouquets(Click)
ココは地元のヒトが毎日フラッと立ち寄る憩いの場。Arboisワインの品揃え1番!!!
ワイナリーや畑で働くヒトも少し遠くから車でやってくる。
Bioとはうたってないけど、使ってる食材は地元で採れたBioのモノがほとんど

Bioなんてわざわざうたわなくても、Bioであることが当たり前だった時代から
変わらない食卓。。。

有機的であることがあたりまえなのである。

街の人々が食卓の上で、其処で採れたモノで繋がってゆくこと、、、
恵みのワインと緩やかに笑みをこぼしあい日々働いてゆくこと、、、

地球の上で生きるとはどうゆうことなのでしょうか・・・

そんなことを、たくさんたくさん考えさせられたArboisでの出逢い


Arboisの写真アルバム(Click)

Arboisは想うことがあり過ぎて、、、Blogじゃ収まらないので
写真アルバムの写真に逐一、日記をつけています。
もし、興味があった方は、写真アルバム1枚ずつ覗いてください。

ドレスデンどれすでん

ドレスデンのイメージは豊かな美しい街だった。
だけど此処はかつて東ドイツだったのだ。
そしてドレスデン大空襲を受けて全て消失した地・・・

川を挟んで旧市街と新市街

何十年も放置されてた廃墟を革命後以降から、
芸術家達がカラフルに新たな街につくり上げてるの。
アートコミュニティーがしっかりしてる。
彼らは知っているんだ!!!芸術がココロを救ってくれること

ドレスデン大空襲については調べるほどに、胸が苦しくなる。
ドイツを調べ歩いていて痛感したのだけど、世界ではドイツ=ヒトラーにて
残虐的で最悪なドイツ!!!というイメージがついて回っているけれど。

ドイツが戦争中に受けた被害も壮絶的なモノだったのだ。
イギリスの残忍さよ・・・

さておき、、、
ドレスデンのNeuStadtエリアを歩いてると本当にじぃぃぃんっとくるんです。
子供の為の環境がたくさんあるの。公園ひとつにしても、学校にしても、、、
音楽とアート教室もたくさん。
それは、
Erich Kästner(Click)の影響が大きいのだと想わされた。

彼がこの地の人々にとって、すぺしゃるなのは、、、
2つの世界大戦に行き、東ドイツにいながらも、亡命せず。
反ナチスを貫き、執筆し続けたこと。。。

自分が危険にさらされても、芯を貫き、人々に勇気と希望を与え続けたの
だから、彼はドレスデンの英雄だし、児童文学の英雄でもある。

そんな彼と生きた人々は後世の子供たちの為に街つくりをしている。

本当にたくさんの素晴らしいコミュニティーを見つけたのです。

そして、穏やかでピースフルなだけれはない、東ドイツ的な反骨感もある。
芸術とジャーナリズムの意識も高い。

ドレスデンはかつて、ライプツィッヒ、ベルリンと並ぶ芸術の発信地だった、、、
Otto Dix(Click)や今や世界的に有名になったGerhard Richter(Click)も
ドレスデン芸術アカデミーから出たのだ。

雄大なエルベ川が人々の流れをたゆたわせる。

生きること、食べること、芸術に身を寄せること、隣人と繋がること
其れを想って生きているヒトがたくさんいる街であると感じたDresden....

すごく好きな街だった。。。


Dresdenの写真アルバム(Click)




ライプツィッヒらいぷつぃっひ

東ドイツにあるLeipzig,,,

ガラスの壁をこの街にみた気がした。
ドレスデンともベルリンとも違う。とてつもないエナジーを感じた。

かつて、ドイツの芸術、文化は此処から発信されていたのだ。

戦争が全てを変えてしまった。。。

知識人はアメリカに逃げ、街も芸術も退廃し・・・
かつての其れはベルリンへと移行した。

たくさんのコンプレックスと過去の栄光と伝統崇拝。
人々が持つ、意地とプライドと反骨精神
そして、平和への憧れに胸がギュンっとなったのです。

ベルリンでも、ブダペストでもない・・・。
インターナショナル性に欠けている閉鎖感を感じたのだけど・・・

だからこそ生まれる我が強さみたなモノをヒシヒシと感じた。

東西の壁を壊したのは彼らだったんだ。
其れを忘れてはいけない・・・

たくさんの街を訪れたけれども、今でもまた戻りたいと思わされるLeipzig
なんでかわからないけれど、、、
ただ忘れられない景色が脳裏にいつまでも浮かんでくるのです。

Leipzigの写真アルバム(Click)



ワイマールワイマール

ワイマールはびっくりする程、小さい村だった。
ゲーテが気にいって半生を此処で過ごしたことに、フムフムとなる。

静かでゆっくりした時間が流れている。
だけども時間が止まってしまっている。

古典主義を守るべく、つくりあげてる街並みにに一瞬のトキメキから
息苦しさを知る。そしてルターの言葉が街を覆っている・・・

閉鎖感と威圧感をもの凄く感じてしまう。

だけどね、其処で生きている人々の良さにキュンっとしてしまったんだ。

出会うおじちゃん、おばちゃん、みんなが『何処にいきたいの?」っと
英語も話せないのに、必死にジェスチャー使って話かけてくる。

東側のドイツ人は人なつっこくて、愛嬌があると聞いた。。。

冷たい寒空の下で沁みたんだ。。。

あたいのヨソ者意識と欲深き都会人のココロよ・・・
その歪んだ目で其処のヒトを疑わないで、、、
ちゃんと見つめたいと願うんだ。。。

ヒトを想うってなんて壮大でロマンチックなんだろう。。。

もっと其処のヒトを知りたい。。。


Weimarの写真アルバム(Click)


2013,11,11




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プロフィール

vegiban

Author:vegiban
1984年7月14日
フランス革命の日に大阪で生まれた
チャキチャキの食いしん坊!!!

パンとりんごとおいしい野菜が好き
でもでも、もっともっとおいしいを求めて、、、
アタイはガストロミーんの旅人になる

おいしい食卓を囲む事。。。
素敵な人に会いに行く事。。。

ココロが小さくならない様に。。。
人に優しくでける様に。。。

想像力がひろがる様に。。。

ミテ サワッテ カオッテ 
ソザイ ノ ハーモニーヲアジワッテ 
オイシイ カンドウ ノ コエ ヲ キイテ

ココロを豊かに育ててあげたい。。。

只今,ドイツ放浪中。。。

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